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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)161号 判決 1973年1月25日

原告 K・S(仮名)

被告 京橋税務署長

訴訟代理人 山田二郎 ほか六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告

「被告が原告に対して昭和四二年一〇月三〇日付でした昭和四一年分所得税の更正および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四二年三月一五日被告に対し、次のとおり昭和四一年分所得税の確定申告書を提出した。

不動産所得の損失金額 △ 九六万六三〇〇円

給与所得の金額     二二二万七五〇〇円

総所得金額       一二六万一二〇〇円

還付税額         二七万六三三四円

これに対し、被告は、昭和四二年一〇月三〇日付で次のとおり昭和四一年分所得税の更正および過少申告加算税の賦課決定(以下、これらを「本件処分」ともいう。)をした。

不動産所得の損失金額 △ 九六万六三〇〇円

給与所得の金額     二二二万七五〇〇円

譲渡所得の金額     一五六万四八一五円

総所得金額       二八二万六〇一五円

納付すべき税額      一八万一〇〇〇円

過少申告加算税額      二万二八〇〇円

2  被告の本件処分の理由は、原告が、訴外Hとの離婚に伴い東京家庭裁判所昭和四〇年(家イ)第六一五一号財産分与審判事件について昭和四〇年一二月二五日成立した調停に基づき、同訴外人に対し財産分与として別紙第一物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を譲渡し、昭和四一年一月六日所有権移転登記をしたにもかかわらず、譲渡所得の申告をしていない、というにある。

しかし、後記のとおり、被告の本件処分は違法である。

3  そこで、原告は被告に対し本件処分について異議申立てをし、右異議申立ては審査請求とみなされ、東京国税局長は昭和四三年五月九日付でこれを棄却する旨の裁決をし、右裁決書の謄本は同年六月一日原告に送達された。

4  よつて、原告は被告に対し本件更正および過少申告加算税賦課決定の取消しを求める。

二  被告の答弁、主張

1  請求原因1、3項の事実はいずれも認める。同2項のうち、被告の本件処分の理由が原告主張のとおりであることは認めるが、本件処分が違法であるという主張は争う。

2  本件処分の理由、経緯

原告はHに対し、離婚に伴う財産分与として、原告の特有財産であつた本件不動産を譲渡したものであり、右譲渡は譲渡所得としての課税要件を充足するものである。すなわち

(一) 原告とHは夫婦であつたが、申立人H、相手方原告間の東京家庭裁判所昭和三七年(家イ)第八七六号夫婦関係調整調停事件について、昭和三七年四月六日次の内容の調停が成立した。

「1 申立人と相手方は離婚する。

2  申立人は別紙第三物件目録記載の不動産が相手方の所有であることを確認する。財産分与は別途審判による。

3  相手方は申立人に対し扶養料として次のとおり支払う。

(イ) 昭和三七年四月末日限り金一〇万円

(ロ) 昭和三七年五月以降財産分与事件の結着まで一ヶ月金七万五千円を毎月五日限り送金して支払う。但し上記金員は申立人所有の東京都中央区京橋一丁目二番地家屋番号同町六番の一一木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪三〇坪二階建坪三〇坪の家屋の賃貸料を含む。」

(ニ) その後右調停調書の調停条項2項にいう財産分与審判事件として、同裁判所に当事者を同じくする本件財産分与審判事件が係属し、昭和四〇年一二月二五日次の内容の調停が成立した。

「1 申立人は別紙第二物件目録記載の建物が当初から相手方(本件原告)の所有であることを確認し相手方は申立人に対し離婚にともなう

(1)  慰藉料として金六〇〇万円の支払義務を認め、

(2)  財産分与として別紙第一物件目録記載の不動産(本件不動産)を供するものとする。

2  省略

3  相手方は申立人に対し、財産分与にかかる本件不動産につき、すみやかに所有権移転登記手続をなし、現状有姿のままで引渡すこと。

右建物はアパートにして別紙目録記載<省略>の賃借人が居住しているが相手方と各賃借人との間の賃貸契約(右目録記載の敷金債務を含む)は、そのまま申立人が承継するものとする。相手方は右賃貸借契約関係の書類をすみやかに申立人に交付するものとする。

4  申立人は相手方に対し、別紙第二物件目録記載の建物につき、抹消登記に代え、すみやかに所有権移転登記手続をなすこと。

5  <省略>

6  申立人は株式会社Iの株主でないことを確認する。

7  当事者双方は、本件以外になんらの債権債務のないことを確認し、名義の如何に拘らず、互いになんら請求をしないこと。」

(三) 右離婚の調停条項第3条による扶養料、財産分与の調停条項1条1号による慰藉料の支払い、同条2号の本件不動産の譲渡は、いずれも離婚に伴う財産権の夫婦間における移転に当たる。もつとも、右両調停条項は、全体として、Hと原告とが婚姻関係を解消するにあたり、これまでの共同生活の関係、離婚にいたつた理由等もろもろの具体的事情を綜合勘案の上、原告はHに対し慰藉料、扶養料名義による金銭の支払義務および財産を分与すべき債務のあることを認め、これを履行することによつて両者間の一切の債権債務をいわば清算することを定めたものということができる。

しかして、原告は右財産分与に関する調停の履行として、本件不動産をHに譲渡したが、右財産権移転行為は、原告が財産分与をすべき債務を本件不動産をもつて弁済したものであるから、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」にあたるというべきである。一般に、債務の履行として自己の有する資産を相手方に譲渡した場合には、その譲渡時における当該資産の価額に相当する額の弁済があつたことになり、このことは当該資産を他に処分してその代金をもつて弁済にあてることと等しく、それによつて少なくとも消滅した債務に相当する額の経済的利益が譲渡者に生じたことになる。

したがつて、現物をもつて債務の弁済にあてたため現金収入がなかつたとしても、当該譲渡によつて消滅した債務に相当する額の利益が生じている以上、その経済的利益について譲渡所得として課税しなければ、資産を他に譲渡し、現金で債務の弁済にあてた者との税負担の公平を欠く結果になる。

(四) 本件処分の基因となつた本件不動産は、原告がHとの婚姻中に自己の名で取得した特有財産(民法七六二条)である。すなわち、原告とHとの婚姻中、その家業(高級麻雀クラブ等)は主として原告により主宰されていたものであり、その経緯は、多くの資産が原告の名義で取得されていることや、離婚に際し原告からHに慰藉料の支払いおよび財産分与がされていることからも明らかである。

ちなみに、わが民法は、夫婦の財産関係について完全な別産制を採用しており、夫婦の一方が婚姻中に自己の名で取得した財産はすべてその特有財産としているのであり(民法七六二条一項)、夫婦の一方がこれらの財産を取得するについて、他方がどのように貢献したからといつて、その財産が夫婦の共有となるものではない。

本件不動産の場合も、婚姻中に妻である原告がその名義で取得している以上、原告の特有財産と解するほかはない。

右のように、原告の特有財産である本件不動産が、離婚に伴う財産分与としてHに譲渡されたものである以上、譲渡所得の課税対象となることは明らかである。

(五) 財産分与については、所得税法の譲渡所得課税のうえでなんら特例は設けられておらず、実務もこれについてなんら特別の取扱いをしていない。

もつとも、財産分与について、それが婚姻中の夫婦相互の貢献を考慮して行なわれるものであることに鑑み、財産分与を受ける者について贈与税の納税義務は原則として発生しないものと解され、実務においても同様に取り扱われているが、このことと譲渡所得の発生とは矛盾するものではない。

以上の次第で、被告の本件更正および過少申告加算税の賦課決定は適法である。

三  被告の主張に対する原告の答弁、主張

1  Hと原告間に被告主張の内容の離婚および財産分与に関する各調停が成立したこと、右財産分与の調停に基づき、原告がHに対し財産分与として本件不動産を譲渡したことは認めるが、本件不動産が原告の特有財産であつたことは否認する。

2  本件処分は、次の理由により違法である。

(一) 本件不動産は、原告とH夫婦の共有財産であつたものであり、右財産分与は共有財産の分割にほかならず、資産の譲渡にはあたらない。

(1)  わが民法は、夫婦の財産関係について、夫婦財産契約を結んだ場合を除き、七六〇条ないし七六二条において、法定財産制として夫婦共有財産制をとつているものと解すべきである。すなわち、夫婦の財産関係は、他方の配偶者の協力があるからこそ一方の配偶者は経済的活動をなしうるものであつて、一方の配偶者の得た収入は、夫婦相互の協力によつて得た共有のものであり、婚姻生活中夫婦の一方が有償取得した資産は、その対価支払の基礎となる資産が夫婦の協力によつて得られたものであることから、また、贈与、相続などにより無償取得した資産は、その資産の維持、減少防止に夫婦が協力したものであることから、いずれも共有とみるべきである。その持分割合については、有償取得の場合は、原則として各二分の一であり、無償取得の場合は、無償取得後の相互の協力ぶり、その後の結婚年数等により異なると考えられる。このように解するとき、はじめて妻の家事労働や農業、水産業、家内工業等における生産労働を平等に評価し、財産関係における夫婦の実質的平等を保障することになる。もつとも、民法七六二条一項は、夫婦の一方が婚姻中自己の名でえた財産は特有財産とする旨規定しているが、これは、第三者が夫婦どちらか一方と法律関係を結んだ場合、夫婦の財産について法律効果が生じ、第三者は夫婦双方を相手にしなくてもよいし、直接当事者でない夫婦の一方は第三者に直接その共有持分権を主張しえないこと、換言すれば、右規定は、取引安全のための救済規定にほかならず、夫婦共有財産制と矛盾するものではない。このように解することは、離婚の際の財産分与が当然夫婦の実質的共有財産の分割清算であるという考え方に結びつく。財産分与を離婚後の扶養と解する見解は、婚姻関係終了の後に、扶養という面で夫婦の絆がいまだ解消していないことを解釈上認めることにたり、賛成しがたい。

右のように、財産分与の趣旨が夫婦の共有財産の分割、清算であるとするならば、離婚に際して、財産分与としてどちらか一方の名義の財産を他方の名義に移転した場合は、夫婦の数個の財産における各自の潜在的持分が、夫婦の財産を全体としてみてその持分がたまたま一個または数個の資産に該当すると考えて顕在化したものと考えるべきであり、課税の見地からは、夫婦の財産全体を一とし、その何分の一が一方の配偶者の、残余が他の配偶者のものとして、資産別に単独所有するにいたつたと考えるべきである。

本件の場合、財産分与以外に慰藉料を支払つているので、純粋に夫婦共有財産の清算として、本件土地、建物をHに分割付与しているわけであり、原告からHに本件不動産の譲渡がされたと考える余地はない。

(2)  本件不動産は、実質的にも原告とHとの共有財産であつた。すなわち、原告は、昭和一五年七月頃大阪市道頓堀のカフエー「赤玉」で女給として働いていたところ、当時横須賀市小川町でN屋靴店の店主であつたHと知合い、懇ろになり、内縁関係を結ぶにいたり、Hは、昭和二四年一二月一四日妻Kと離婚し、翌二五年三月二一日原告と婚姻したものであるが、その間二人は夫婦協力して多くの資産を築き上げた。その経過は別表のとおりである。

右表によると比較的原告名義の資産が多いのは、Hは前妻Kとの間に子があり、かつ原告より一五才も年長であつたため、相続問題が生じたとき、原告名義にしておけば、二人で築き上げた財産をHの子にとられることもないことや、相続税申告の場も便利であるため、便宜上両者合意の上資産の名義人を原告にしたものである。

本件不動産の取得の経緯については、昭和三四年一一月五日原告とHは千代田区九段二の二所在の鉄骨コンクリート二階建倉庫一棟と木造平家建店舗一棟およびその敷地一一〇坪を一九〇〇万円で売却し、右売却代金のうち一〇〇〇万円で昭和三六年七月三〇日本件土地を買入れ、かつ二棟の本件建物を建築した。その際土地、建物とも原告名義としたが、これは当時原告夫婦が原告名義で中央区京橋一の二所在「I」で飲食店、パチンコ店を経営しており、原告名義で納税していたところから、そこから得た事業収益によつて購入した右九段の土地建物については、名義を当然原告としなければならず、さらにそれを売却した代金で取得した本件土地、建物も、同様の理由で原告名義としたものである。

原告とHは、夫婦として前記「I」店で毎日一緒に働き、収益をあげていたのであり、「I」の営業主が原告であつても、実質上そこからの収益はすべて原告とHとの共有(持分各二分の一)に属していたものというべきである。

したがつて、右収益によつて取得した本件不動産は、原告とHとの共有財産といわなければならない。

しかるに、前記離婚に関する調停調書で、原告らが本件不動産は原告の所有であることを確認した理由は、次の事情による。

右調停において、原告とHは離婚することに合意したものの、原告名義の多数の財産を二人の間でどう分けるかについて合意ができず、原告は担当の家事審判官に対し本訴代理人に相談しているから次回まで持つてほしい旨申し出たが、容れられず、原告、Hとも後日はじめてそのような内容の調停が成立していることを知つて驚いた次第である。

原告としては右調停調書の2、3項等には全く不服であり、調停委員も立会わず、自己の関知しない調停調書は無効である旨再三裁判所に申出たが、容れられないまま、後の財産分与の調停がはじまつてしまい、しかも前の調停事項が既成事実として、以後の手続が進められてしまつた。

右のような事情であるから、原告としては、一方的に進められた右二つの調停はあくまで形式的なものにすぎないと考えている。

(二) 税法体系上、夫婦間に行なわれる財産の無償譲渡の各場合の課税上の取扱いからみて、財産分与について所得税法三三条一項を適用することは、税の公平負担の原則に反し、許されない。

夫婦間で無償の財産移転が行なわれるのは、相続、遺贈、贈与および財産分与の各場合である。それらの課税上の取扱いについてみると、まず相続の場合、相続税法一五条の二により、婚姻期間一五年以上の配偶者は一定金額が遺産の総額から控除されることになつており、また配偶者の相続した財産については、遺産総額が三〇〇〇万円までの分につき、同法一九条の二により法定相続分の範囲内で相続税を課さないなど大巾に減税されている。また、昭和四〇年の税制調査会答申では、この配偶者控除を設けている理由として、

(1)  被相続人の配偶者の老後の生活の保障。

(2)  被相続人の配偶者が相続により取得した財産については、子が相続した場合に比して次の相続開始の時期が早く、再び相続税を課される機会が早いこと。

(3)  被相続人の取得した財産には、生前において夫婦共同の蓄積による部分も考えられること。

の三点を挙げている。

次に贈与の場合、昭和四一年に新設された相続税法二一条の五により、居住用不動産の贈与について配偶者控除の特則を認めている。

また、相続、遺贈、贈与の場合は、所得税法五九条一項で時価による譲渡所得があつたものとみなす規定をおいているところから、譲渡所得課税の問題が生じるため、応能負担の原則とも調和させるべく、同条二項にて一定要件の下に譲受人に税負担を引継がせる便法を認め、このみなし譲渡の規定の適用を排除している。

財産分与の場合は、五九条一項に列挙する場合にあたらないので、同条二項による財産分与者に税負担の引継ぎの便法も申請できない。もし被告主張のように、この場合に当然譲渡所得の課税がなされるとすれば、夫婦にとり、同一の資産について、たまたま生前に贈与するか、死亡によつて相続するか、離婚に伴い財産分与するかの態様によつて著しく税法上の取扱いを異にすることになり、一貫しないことになる。これは税の公平負担の原則に反する。したがつて、財産分与の場合に所得税法三三条一項を適用して課税をすることは許されないというべきである。

(三) かりに以上の主張が認められないとしても、財産分与について所得税法三三条に基づき課税することは、憲法二四条二項に違反し、無効というべきである。けだし、最高裁昭和三六年九月六日大法廷判決のいうように、「民法七六二条一項を適用したままでは、夫婦間の財産関係について形式的不平等をもたらすとしても、財産分与請求権を行使すること等によつて実質的平等がはかられている」ものとするならば、財産分与をする者に財産分与をためらわせるおそれのある課税処分をすることは、やはり憲法二四条二項に違反するといわなげればならない。つまり、財産分与をすべき当事者は、譲渡所得課税を避けるため、相手の非を述べて財産分与請求権がないと主張したり、借金してでもインフレ時代には相手に不利益な現金を分与しようとするであろうからである。

第三<証拠関係省略>

理由

一  原告の請求原因1、3項の事実(本件処分および不服審査手続の経緯)および2項のうち、被告の本件処分の理由が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

そこで、以下本件処分の適否について判断する。

二  訴外Hと原告は夫婦であつたが、同訴外人を申立人、原告を相手方とする東京家庭裁判所昭和三七年(家イ)第八七六号夫婦関係調整調停事件について、昭和三七年四月六日「1、申立人と相手方は離婚する。2、申立人は別紙第三物件目録記載の不動産が相手方の所有であることを確認する。財産分与は別途審判による。(3以下省略)」との調停が成立したこと、その後右調停条項2項の財産分与審判事件として、申立当事者を同じくする、同裁判所昭和四〇年(家イ)第六一五一号事件が係属し、昭和四〇年一二月二五日次の内容の調停が成立したこと、

「1 申立人は別紙第二物件目録記載の建物が当初から相手方の所有であることを確認し、相手方は申立人に対し離婚にともなう

(1)  慰藉料として金六〇〇万円の支払義務を認め、

(2)  財産分与として別紙第一物件目録記載の不動産(本件不動産)を供するものとする。

2 <省略>

3 相手方は、申立人に対し、財産分与にかかる本件不動産につき、すみやかに所有権移転登記手続をなし、現状有姿のままで引渡すこと。<以下省略>

4 申立人は、相手方に対し、別紙第二物件目記載の建物につき、抹消登記に代え、すみやかに所有権移転登記手続をなすこと。

5 以下省略」

原告は、右財産分与の調停に基づき、Hに対し財産分与として本件不動産を譲渡したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

三  被告は、本件不動産が原告の特有財産であつた旨主張するのに対し、原告は、本件不動産は実質上原告とHの共有財産であり、本件財産分与は夫婦共有財産の分割であるから、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」にあたらない旨主張するので、まずこの点について判断する。

1  <証拠省略>に弁論の全趣旨を綜合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は昭和一五年七月頃大阪市道頓堀のカフエーで女給をして働いていた際、当時横須賀市で靴店を経営していたHと知合つて懇ろになり、その後東京に戻つて同棲するようになつたが、Hには妻子があつた関係から、漸く昭和二四年一二月一四日にHは妻Kと離婚し、翌二五年三月一二日原告との婚姻届出をした。

(二)その間原告は、昭和一五年一〇月頃から東京都千代田区九段で旅館業を営み、それをやめたのち翌一六年八月頃から中央区西銀座でバーを、一二月頃から同区小伝馬町で中華料理店をそれぞれ経営したが、強制疎開等のため、昭和一九年五月、六月頃には両店とも閉鎖した。

終戦後、原告は昭和二〇年一二月頃横浜市中区旭台で原告名義で進駐軍将校クラブを経営したが、翌二一年にはGHQに接収されたため、その頃同区真砂町に寿司屋を開業した。原告は再び東京へ進出したいと考え、Hに土地探しを依頼したところ、Hは昭和二一年八月頃中央区京橋一丁目二番地一二の土地六六坪を借地した。原告は、翌二二年七月頃実家からの借入金一〇万円余で右地上にバラツク風の木造平家建店舗一棟(建坪二四坪)を建築し、そこで飲食店開業を予定していたところ、主食統制のため開業できず、同家屋を一時家具店にしていた。原告は横浜の寿司店の営業に忙しく、京橋の店舗はHに委せていたところ、Hは原告に無断で同年一月一〇日付で自己名義に右建物の所有権保存登記をした。

その後、Hが右建物を地主に売却しようとして原告に阻止されるという事件もあり、原告はその際はじめて右建物がH名義に保存登記されている事実を知つた。

昭和二四年はじめ頃、原告は、横浜の寿司店舗を売却処分し、その代金等で右バラツク建物を取りこわした跡に本件第二物件目録記載の木造二階建店舗兼居宅を建築し、自己の名義で、そば屋「I」本店を開業した。原告は右建物の登記手続等をHに委せていたところ、Hは昭和二九年一二月頃前記旧建物の登記を流用して自己名義に登記を了し、後に、原告はHを相手に東京地裁に右建物の所有権確認等を求める訴えを提起して争うという事態に発展した。

原告は、昭和二五年三月頃右そば屋の営業収益でさらに右場所に隣接する同所一丁目二番一一の土地二一坪六合四勺を自己名義で賃入れ、同年九月頃その地上に木造瓦葺二階建店舗一棟を新築し、I別館として飲食店を開業し、それ以前の四月頃には右本店の借地を買取つた。さらに原告は、昭和二八年七月頃京橋一丁目二番一〇家屋番号一二木造二階建店舗一棟を買入れ、これを改装して、I支店としてパチンコ店を開業するなど、着々と事業を拡張していつた。

その間、原告は、Hのために昭和二五年一〇月頃そば屋等の収益で千代田区九段二-二所在木造平家建居宅(建坪二一坪六合)を原告名義で買入れ、そこにHを居住させた。その後原告は、昭和三〇年一二月末右各営業の収益で右居宅を改造するとともに、借地上に原告名義で鉄骨コンクリート二階建倉庫一棟を建築したが、昭和三四年一一月頃銀行に対する借入金返済のため、右居宅、建物および借地権を一九〇〇万円で売却処分し、その代金で練馬区の本件土地二筆を買入れ、その地上に本件建物(アパート)二棟(青葉荘、若葉荘)を建てたほか、それ以前に新築の木造二階建居宅を借入れて、九段から練馬に移つた。

なお原告は、昭和三六年一一月頃右I本店を新装し、高級麻雀クラブを開業して現在にいたつている。

(三)  右のような各種営業について、Hも使用人の監督、借入金や不動産売買の交渉等にある程度参画したものの、営業は常に原告名義であり、また、営業の性質上、原告が女主人として(株式会社I設立後は、原告が社長として)経営を主宰してきた。また、右土地、建物等資産の取得費、営業資金は、右各種営業からの収益金や銀行からの借入金、あるいは原告の実家からの借入金でまかなわれ、本件不動産の取得資金の淵源も、結局右のようなものであつた。他方Hは、俗にいう「髪結いの亭主」的存在で、原告の右営業にも余り協力せず、病身のため原告から多額の小遣いを貰つて温泉療養に赴くなど、店にもあまりおらず、たまに来ると店の収益から相当まとまつた金を持ち出して遊び歩き、女店員との間を噂されるなど奔放な生活ぶりであつた。

そしてHは、原告の右資産形成に対する寄与ないし貢献度は低く、かえつて、前妻Kとの離婚の際、Kらのために横須賀市内に家屋を買い与えたほか、離婚後もKやその子Yとの接触を続け、店から持ち出した金でその生活費を送金するなどしていた。

(四)  およそ以上のとおり認められ、右認定に牴触する<証拠省略>は前掲証拠に対比してたやすく措信できない(原告自身前記家事調停事件に関し、本訴代理人弁護士宛の書簡<証拠省略>において、右認定に副うその間の経緯を述べており、同弁護士作成の東京家裁宛準備書面<証拠省略>にも同旨の内容が記載されているところからも、その間の事情を窺知するに十分である。)。

しかして、右認定のように原告の本件不動産を含む資産取得の経緯があるからこそ、原告とHは、前記離婚調停において、別紙第三物件目録記載の不動産が原告の所有であることを確認し、また前記財産分与調停において、別紙第二物件目録記載の建物が当初から原告の所有であることを確認した上、Hが右建物について抹消登記に代えて原告への所得権移転登記をたすことを約し、その登記を了したものであることが認められるのである。原告は、右各調停条項が原告の意思にそわぬ形式的なものである旨主張するけれども、前記認定事実にてらして到底採用できないし、原告の右主張を認めるに足りる証拠も存しない。

(五)  以上認定の事実関係からすれば、本件不動産を含む原告の所有名義である不動産は、いずれも名実ともに原告の所有であつたと認めるのが相当である。

2  ところで、わが民法は夫婦の財産関係についてはいわゆる別産制をとつていると解するのが相当であり、したがつて、共有財産制を前提として本件不動産が原告とHとの共有に属するという原告の主張は採用できず、右認定の事実関係によれば、本件不動産は原告の特有財産であるというほかはない。そして、前記財産分与の調停に基づく債務の履行として、原告が、Hに対してした本件不動産の譲渡は、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」にあたるものといわなければならない。

四  原告は、夫婦間における相続、遺贈、贈与の場合の課税と対比して、財産分与による譲渡所得に課税することは、税の公平負担の原則に反し、違法である旨主張する。

相続税法は、相続税の課税価額の計算に関し、一定の要件の下に配偶者控除を認め(同法一五条の二)、相続税の計算に関し、法定相続分に対応する分までは課税しないこととしており(同法一九条の二)、また居住用不動産等の贈与について、贈与税の配偶者控除を認め(同法二一条の五)ていることは原告主張のとおりである。

これらの規定は、財産形成に対する配偶者の寄与、配偶者の老後の生活保障等を立法の理由とするものであり、いずれも相続、贈与等により財産を収得した配偶者に対する課税上の配慮であると解される。これに対応して、離婚に件う財産分与についても、財産形成への配偶者の寄与、貢献を考慮して、財産分与により不動産を取得した配偶者については贈与税の納税義務は発生しないものと解され、実務上もそのように取扱われていることは弁論の全趣旨により明らかである。これに対し、本件のように、財産分与をした者に対する譲渡所得の課税の問題は、右のような相続、贈与等により財産を取得した者に対する課税上の取扱いとは別個の問題であり、両者間の不均衡、不公平を問題とすることは当たらないというべきである。

また、所得税法五九条二項が、贈与、相続および遺贈の場合について、財産的利益を受けた者が取得価額を引継いで、贈与者らに同条一項によるとみなし譲渡の課税をしないこととしているのは、夫婦親子等特殊の関係者間の財産移転を前提としているわけではなく、同法五九条一項一、二号に規定する事実があつた場合に、これに基づいて譲渡所得が実現したものとして課税することなく、課税延期を認める趣旨であり、財産分与の場合について同様に取扱わないことが、著しく公平に反し不合理であるとはいえない。

したがつて原告の右主張も採用できない。

五  原告はさらに、財産分与としての資産の譲渡について課税することは、憲法二四条二項に違反する旨主張する。

しかし、原告主張のように、財産分与による譲渡所得に対する課税を避けるため財産分与をためらい、財産分与請求権を否認したり、現金で分与しようとするということがあるとしても、財産分与の要否、その額および方法は、民法七六八条二、三項に基づき、最終的には家庭裁判所の審判によつて決せられるものであるから、原告主張のような事由は単なる事実上の問題にすぎず、そのことの故に財産分与についての本件のごとき課税処分が憲法二四条二項に違反するとは到底いえないし、その他財産分与による資産の譲渡に対し課税することが憲法二四条二項に違反すると解すべき根拠は見出し難い。この点に関する原告の右主張も失当である。

六  結語。以上の次第で、被告が原告のHに対する財産分与としての本件不動産の譲渡を所得税法三三条一項の譲渡所得に当たるものとしたのは相当であり、本件更正(その内容とたつた譲渡所得の金額の計算についての被告の主張は、原告において明らかに争わないところである。)および過少申告加算税賦課決定は適法といわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 吉川正昭 石川善則)

第一物件目録、第二物件目録、第三物件目録<省略>

別表<省略>

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